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新管理人トシの「私の移住の流れ」 2ページ目

 新管理人トシの移住の流れ。私が沖縄と出会った理由から、沖縄に心ひかれるようになるまで、そして念願の移住に至るまでを、ざっくりと、でもなるべくリアルに書いてみます。 悲しいかな、前管理人ゆうちゃんと違い、私の場合は3年以上も前のことなので、うろ覚えな部分も多々ありますし、現在とは社会情勢も若干違ったりしますよね。 でも本質的な部分は一緒だと思います!前半はなんだか個人的な内容ばっかりで、あまり実用的な情報はないかもしれませんが、後半は具体的な情報も書いていきます。 前管理人の流れとも比較していただけると参考になると思います。

インデックス

1ページ目
1.移住の背景(沖縄との出会い)

2.移住前の現状
3.謎のパトロンその名もFさん
4.退職とプータロー生活
5.決意と下見(家さがし)
6.いよいよ引越し
2ページ目
7.もろもろの手続き
8.就職活動
9.就職活動の付記
10.で、1年目に突入
11.移住の流れ総括

前管理人ゆうちゃんの「移住の流れ」はコチラ!

7.もろもろの手続き
 まあ、中央からのの観点で見れば、ご存知の通りの異文化、沖縄。でもだからといって、外国に住む訳じゃありませんから、移り住むにあたって必要な手続きといっても、基本的には一般的な引越しと全然変わりません。いちおう列挙してみますと、こんな所でしょうか。

1:住民票の転出・転入・印鑑登録証の新規作成
2:(社会保険未加入の場合)国民健康保険の資格喪失→転出先での登録
3:(国民年金の場合)国民年金の転出先での再登録
4:(求職中の場合は)雇用保険受給資格の移転(ハローワークで)
5:クルマのナンバーの変更(那覇の場合は運転免許センター)・車庫証明の取得(警察署)
6:運転免許証の住所変更

まあ、なんども言いますが、基本的には一般的な引越しと変わりませんから、注意点を申し上げることもありませんよね。
1〜3番は転出先の各市町村役場でオーケーですし、全部まとめてやったとしても、2日もあれば済ませられるかと思います。5番と6番に至っては、別に引っ越してきてすぐやらなくても大丈夫だったりしますが(実際、私も来て1年間ほったらかしだった)、できればやっておいた方がいいです。
なぜかといいますと、沖縄というところは、なにせ島嶼県なので、道を走ってるクルマは(当たり前ですが)沖縄ナンバーばかり。私も住みはじめて4年も経つんで、いいかげん感覚まで沖縄人になっちゃってるからかもしれませんが、とかくレンタカーと本土ナンバーのクルマってのは目立つんですよね(沖縄の方、そう思いません?)同じ沖縄県人として、とても褒められた行為ではありませんが、普通に走っていても、本土ナンバーだというだけで、悪意を持って煽られたり幅寄せをされたり、運が悪いとイタズラされてしまったり、なんて話も耳に入ってきます。寂しい話ではありますが、そういう事をする人達がいるのも事実。また、免許証に関しても、数年に一度の更新の際に自動的に切り替わるとはいえ、住所変更をしておかないと、身分証明書として使用する時にも何かと不便ですから、どちらも早めに切り替えておいた方がいいと思います。

ちなみに私が住んでるのは那覇市ですが、那覇に引っ越される方に限ってアドバイスさせて頂くとすれば、役所関係の手続きは、平日でも午前中がオススメです。那覇市役所の窓口の込み具合は結構なもの。ゆうちゃん版の移住の流れ#役所関係では、全部あわせても30分で終わったなんて書いてありますが、これに関しては私は「そうかなぁ?」と言いたい所。自分が行く時はいつも、老若男女、それこそオジーオバーからヤンキー夫婦、果てはホールを走り回るガキんちょどもに至るまで、時間によっては溢れんばかりに込み合ってる気がするんですが、まあ、私が田舎者なんでしょうかねぇ・・。客観的にはどうなのか、できればご意見を頂きたい所でもありますが、時間に余裕を持っておくに越した事はないと思います。その8へつづく。


8.就職活動
さて、無事に引越しと、その他もろもろの手続きを済ませ、晴れて念願だった沖縄県民になることができた私。次はいよいよ生活の根幹、そしてこのサイトをご覧になっている移住希望者の方々におかれましても最大の関心事かもしれない、仕事探しのスタートです。

まず、ここまで書かれていて解りますように、私の就職活動は移住を済ませた後に始まりました。
当然のことですがココは非常に重要なポイントで、まずもって仕事を決めてから引越しをするのか、私のように(ゆうちゃんもそうですね)とりあえず住んでから仕事を探すのか・・・。この2つのパターンによって展開は大きく変わってきます。どちらがいいかといえば、それは紛れもなく「仕事が先」に決まってますが、現状というものは、そのような理想的な展開を簡単に許してはくれないのも事実です。ここでは、とりあえず私のような、「仕事探しは移住の後」パターンでの展開を経験を交えて書いてみて、その後で現状を鑑みながら別の展開を検証してみたいと思います。

私の就職活動の流れですが、引越しを済ませてまず行ったのは、セオリー中のセオリーですが、ハローワークでの休職手続き。とはいっても丁度その頃の私は(前の職場は自己都合退職だったので)雇用保険の失業給付が始まるまでの3ヶ月の待機期間の真っ最中でしたので、まずは福岡のハローワークからの受給資格の移管の手続きを行いました。そしてそれと平行して「アグレ」(当時はアスク)や「ルーキー」などの就職情報誌を使っての情報収集。
それらの雑誌を眺めていて再認識したのが、やはり厳しい沖縄の賃金事情。その事はもっと前から当然知ってはいましたが、やはり実際に厳しい現実を自分の目で確かめ、それを受け入れなければならないという葛藤の時期でもありましたね。前の項でも触れましたが、そのころから(本当に漠然と)雑誌やテレビなどのメディアで、伝える側の仕事がやってみたいと思っていたので、出版社や紙媒体を専門にする制作会社なんかをを探していたのですが、まずそんなに簡単に見つかる訳もないし(いまだから自虐的に言えますが、だいたい出版社の求人広告なんてのは、まずそこら辺の求人情報誌なんかには出てきやしません(笑)現実と向き合うこともせず、ほんとにただ漠然とでしたね)、それまでの私は営業しかやってきていませんでしたから、あったとしても実務経験もないのに通用するはずもないんですが、それでも(いまだから言えるんですが)募集も何もしていないのに「uruma」という雑誌の当時の編集長を訪ねていったりしてました。もちろん親身なアドバイスを頂いただけで終わっちゃいましたけど。

そんなこんなで現実ともぶつかりながら少しづつ自分の置かれた立場がわかっていった私は、やはりそれまでの営業の経験を活かさなければ何も始まらないということで、広告代理店の営業に志望をチェンジ。そのうち記事でも触れたいのですが、沖縄という所はとにかく中小の広告代理店の多いところで、営業に関しては比較的募集もありましたから、やっとそこらで本格的に就職活動が始まった感じでした。いま考えても甘すぎでしたね。
ゆうちゃんの就職活動の項にも書いてありましたが、やはり自分の身の丈に合った志望条件を絞り込むことができて、実際に面接などを受けて良くも悪くも課題が見えてくると、それまでモヤモヤしていたものも吹っ切れて活動にもエンジンがかかってくるもの(まあ、金銭的にヤバかったのも大きいですが)。広告代理店を3社ほど受けたところで奇跡的に(?)そのうちの2社から内定をもらう事ができました。

ご参考になるかもしれませんので、その2社のそれぞれの条件を列記しますと、このようなもの。

■A社
所在地:浦添市
業種:広告代理店
職種:営業
給与:18万(総支給)
休日:土日
待遇:正社員(社保完備)

■B社
所在地:那覇市内
業種:広告代理店
職種:営業
給与:18万(総支給)
休日:土曜日隔週・日曜日
待遇:正社員(社保完備)

これを見て解るように、待遇や会社の規模的にはどちらも同じようなものだったんですが、いくつかの要因があって、A社に入社することにしました。その条件というのが、以下の様なもの。

所在地(当時の私はクルマを持っていなかったので、場所は結構重要だった)
・親会社(沖縄県内では比較的大手の印刷会社がバックだった)
・自社媒体を持っていた(ある住宅情報誌を自社で発行していた)

所在地や会社としての安心感もやはり大事でしたが、やはり3番目の要因が私にとっては非常に大きかったですね。給料に関してはご覧の通りどちらも同じようなものでしたし、もうその時点でこの程度の妥協は覚悟の上だったので、さほど気にしませんでした。まあ独身男子ですからまだまだ気楽なもんだったのかもしれませんが、家庭があればそうはいかなかったかも。給与的には、沖縄県内の20歳台の男性の営業職では平均的なものだと思います。

そんなこんなで晴れて就職も決まり、沖縄での新生活のメドが立ったのでした。ちなみにこの会社のほうは、事情があって1年ほどで退社してしまうのですが、この沖縄での最初の就職は、それまでの自己分析すらマトモに出来ていなかった自分の甘い考えが当然のごとく通用しないことを知る契機になったし、その会社に勤務したその後の一年間で、業界の事を詳しく知ることができ、またキャリア的には今私が就いている職業に至るまで(その後また遠回りするんですが)にも非常にプラスに働いたし、一番大事なスキルも習得することが出来たので、とても良い経験ができたと思っています。




9.就職活動の付記
私が沖縄での就職活動で内定を頂いた会社での面接時の一コマ。

面接担当:え〜・・まず、どうして沖縄に住もうと思ったんですか?

:え〜と・・まあ、好きだったんで。

面接担当:いや、好きって言ったって、いろいろあるじゃない。

:???

面接担当:ダイビング?

:ああ、そういう事ですか?いえ、ダイビングはやらないですけど・・。

面接担当:ああ、そうか(履歴書の経歴欄を見る)・・・アレ?福岡の大学ですね。

:そーですね。

面接担当:彼女いるの?沖縄の人?

:いえ、彼女いないです。いまから探します。

面接担当:じゃあ、なんで・・・?

:え・・?なんでって・・。いや、好きだったんで・・・。


もうかれこれ3年以上前の話です。もちろん観光地としては人気があったけど、今ほどの移住ブームではなかった(と思う)当時の沖縄。ナイチャーの若者といえば、ダイビングで海に魅せられて住み着いたパターンか、沖縄出身の彼女がいるのか、はたまた大学が沖縄で、そのままここに居付いたクチか・・・沖縄生まれ沖縄育ちの面接担当にしてみれば、そのうちのどのパターンにも当てはまらなかった私が、すこし意外だったようです。

で、さらに印象的だったのがその次のやり取り。

面接担当:ふーん。それはいいかもしれないねー。

:え、あ・・・ありがとうございます。でも何が??

面接担当:いや、まあね。キミの場合は純粋に沖縄のことが好きみたいだしね。もうこちらに住んでるようだし。

:そうですねぇ。

面接担当:いや偏見で言ってるつもりは無いんだけどね。ダイビングとか彼女追ってっていうパターンは、とにかく仕事が続かない事が多いのよ。そもそも沖縄に住む動機としては、弱いって言うのかね・・・。それに、キミみたいに既に沖縄で家を借りてたりすれば良いんだけどね。やっぱりまだ拠点が本土にあるってパターンだと、こちらとしてもちょっと慎重になっちゃうっていうのはあるわけよ。実際に過去にもチョットあったんだけれどね。いや、キミを試した訳でもないんだが。

:はぁ。そーなんですねぇ。



当時はぜんぜんピンと来なかった私ですが、今になって考えて見れば、なんとなく解る当時のやり取り。
いや、同じナイチャー、ダイビングが好きで来た方や、沖縄出身のパートナーがいらっしゃる方々と私が違うとか、ましてや見下して言ってるつもりなんて全然ないのはご理解頂きたいんですが、言われてみれば確かにそうかもしれません。

ゆうちゃんも書いてるし、私もこれから書いていこうと思ってますが、実際に住む沖縄って、やっぱり観光旅行で見るものとは大きく違います。実際に生活をしてみると、就職口は少ない、賃金も安い。かといって物価も安いかといえば、それほどでもない。みんなテーゲー(適当)、ゆっくりのんびりスローライフ、仕事だって適当に・・・そんな訳ない。むしろ低賃金長時間、正社員の雇用率も低い劣悪な就業環境・・・。そんな事オマエに言われなくても解ってるよ!って言われちゃいそうですが、やっぱり理想と現実も少なからずあると思います。

とにかく準備を大切に。そして自己分析をしっかりと。また、仕事探しに関して言えば、雇う側の企業から見ると、その人が既に沖縄に住んでいるのか、それともまだ本土に住んでいるのか、これは相手側でも結構な関心事項というのが現実のようです。蛇足でした。




14.で、一年目に突入。
 さて、晴れて就職も決まり、無事に沖縄で社会人としてのリスタートを切ることが出来た私。
生活の基盤をとりあえず確立できて、やっとこさスタートラインに立てた安心感と同時に、まだまだ右も左もわからない沖縄で、不安もいっぱいのスタートでした。
私は移住してから現在まで、ずっと那覇市の古波蔵という地域に住んでいますが、当時働きはじめた新しい会社は、同じく那覇市の国場という所にありました。どちらも那覇市の南部にあたり、クルマで移動すれば10分程度の距離なんですが、当時まだクルマをもっていなかった私の通勤の足は、バス。本土では公共交通機関での通勤など当たり前のことですが、ここ沖縄ではコレが結構大変でしたね。ご存知の方も多いかと思いますが、とにかく沖縄のバスを巡る環境ってのは劣悪そのもの。自分のホームタウンを批判するのも若干心が痛みますが、なにせまず時間通りには来てくれないわ、バス停に張ってある時刻表だって破れて読めないわ、運転手の態度はひどいし、極めつけは(コレって有名なんですかね?)乗りたいバスがやって来たら手を挙げないと停まってくれない!手をあげても時々スルーされるなんていうヒドイ対応も日常茶飯事。家からバス停までは歩いて5分ほどの距離でしたが、まず乗りたいバスが到着する時刻ってのはプラスマイナス15分は当たり前って状態だから、早めにバス停に行っておかないと怖くて待っていられたものじゃない。会社から家までは比較的近距離ではありましたが、コレは意外にストレスが溜まりましたね。ちなみにクルマを手に入れたのは、移住から1年がたった時でした。

また、移住一年目の特徴的な事として、もう1つ印象に残ってるのが、社会保険の金額に関する誤算。当サイトの掲示板でも先日書かせていただいたのですが、平均の県民所得が全国最下位のこの沖縄では、就職にあたってそれまでの収入が大きく減少することは決して珍しくありません。かくいう私も若干20代ながらもかなり年収は下がってしまいましたが、国民健康保険にしろ、職場の社会保険にしろ、その支払額は基本的には前年度の年収に応じて算出されるため、とかく一年目というのは、その金額がボディーブローのようにズンズンと重く響いてくるのです。新生活の設計の際には、これも頭に入れておいたほうがいいかもしれません。 (この保険の事に関しては、前管理人のゆうちゃんの記事が自己の経験を踏まえて説明しており、非常に解りやすいので是非ともご一読を)

とはいえ、基本的には大好きでやってきたこの沖縄。新しく勤め始めた会社の人たちはほとんどが地元出身の方々でしたが、なにもわからず飛び込んできたナイチャーの私にも全く分け隔てなく非常にフレンドリーに接してくれたので、会社の雰囲気に慣れるのには、そんなに時間はかかりませんでした。同世代の人間も多く、比較的平均年齢の若い会社だったので、同僚たちとはプライベートでも親交を深めることができたし、とにかく一年目は怒涛のように過ぎていった印象だけど、やっぱり一番新鮮な時期でした。次回はいよいよ最後の仕上げ。私の移住の総括として、反省点や気付いたことなどを列挙してみたいと思っております。



15.移住の流れ総括
 
最後に、私トシの沖縄移住の流れの総括として、良かった点、反省点などを振り返ってみたいと思います。前管理人のゆうちゃんと違い、いかんせんもう4年前の事なので、若干記憶が定かでない部分が多々あり、ここら辺りに関してのリアリティでは彼には全く及びません(泣)が、仕事探しや職探し、お金の問題などの実務面に関しては、ハッキリいって20代前半の若さといいますか、勢い先行型といいますか、全然後先考えずに突っ走るように移住を決め、かなり無駄の多い作業だったと思います。それぞれを振り返ってみます。

転職について
まず、仕事に関しては私の場合は、疑いようもなく無計画だったと言わざるを得ません。
当時の職に関する現状を箇条書きにしてみると・・・

・まず、住み始めてから就職活動をしようと考えている。
・志望する業界については、漠然としか絞られていない。
・専門分野の知識は、特にない(営業だったため)
・雇用保険の失業給付は、3ヶ月の猶予期間の経過待ち状態。

自虐的に振り返ってみるに、上記のような最悪のパターンでした。結果的には運良く乗り切れたとはいえ、20台前半の無鉄砲さと甘さ全開の状況で、ご家族を連れての移住などの責任を必要とする立場の方では到底考えられない甘い現状認識だったと思います。 以上の中で1つだけ正解だったとも思えるものとしては、いちばん最初の「住み始めてから就職活動をしようと考えている」でしょうか。(詳細は「就職活動の付記」を参照)
とにかく、一番大切なお金の事と直結する要素なので、一番シビアに考えられるべきだと思います。制度面などの実務関係は、前管理人ゆうちゃんの記事が非常に詳しいので、以下を参照してください。

・雇用保険の失業給付について。
・公共職業訓練について。
・職探しの方法について

家さがしについて
これも重要なポイントですが、私の場合は比較的うまくいった要素だと思います。当時の家探しに関する私の状況を箇条書きにしてみると・・・

・まず、住みたい場所が那覇市の比較的絞られた地域と、すでに限定されていた。
・移住前から住宅情報誌などを取り寄せて、家賃や間取りの相場などを事前に勉強していた。
・現地での家探しに使った時間は「丸3日」。回った不動産屋は20軒弱。

やはり、結果的にいちばん功を奏したのは、2番目の事前のリサーチを綿密に行っていた事だと思います。幸いにも私の場合は、自分より半年前に沖縄に移住した同じく独身の友人が身近におりましたので、住宅情報誌を買って送ってもらう事ができたし、現地で家探しを行う際にも、ホテル代などの滞在費を気にすることなくじっくりと不動産業者を回ることができた事が非常に幸運でした。また、前管理人のゆうちゃんと違い、私の場合はそれまでの沖縄フリークであった期間も長く、来沖回数も多かった為、(よそ者にしては比較的ですが)地理的なものにも精通していた点も良かったのだと思います。家探しに関しては、実際に住みたい地域によってもかなりポイントが変わってくると思います。まず、私の場合は、最初から那覇市内に住み、サラリーマンとして会社勤めをする事を前提として(それもある程度地区も限定していた)家探しをしていましたが、これが「北部(やんばる)地域」や「南部地域」などの比較的のんびりした地域で田舎暮らしを楽しみたい、などというようなニーズでしたら話は全然別です。まず、重要なポイントがひとつ。

「宅建情報」や「住ism」などの住宅情報誌は、北部地域には非常に弱い。

意外に知られていないことかもしれませんが、そうなのです。
まず、これらの住宅情報誌というものは、構造的に賃貸や売買を行っている不動産屋からの広告料収入で成り立っている訳で、地元の結びつき(つまり、友人知人や親戚縁故を介した横の繋がりが非常に濃厚な)が非常に強いこれら田舎の地域では、その地域に古くからあって昔から住民に支持されている、ごくごく地元の不動産業者に数少ない物件情報が一極集中し、お金を出してまで専門誌に広告を打つ必要がないという現状があります。また、多くが那覇や浦添などの南部の都市部にオフィスを持つこれら住宅情報誌を発行する出版社でも、距離だけ遠く売り上げの見込めない北部での営業は手薄というか、ほったらかし状態というのが現状。名護以北のやんばるといわれる地域では、信頼のおける親類縁者同士の、業者を介さず個人と個人の間で行われる不動産売買が行われる事も多いくらいです。
住宅情報誌でアパートなどの賃貸物件が載っているのはまず北では名護あたりまでが限度でしょう。
話がそれてしまったので戻しますと、やはり家探しでの重要なポイントは(当然ですが)綿密な情報収集という事でしょうか。家探しに際しては、

・事前に情報誌などを取り寄せるルートを確立しておき、情報を得ておく
・家探しでの来沖は時間に余裕をもって(ドミトリーなどの宿に長期宿泊も、いいかも)
(北部での家探しや不動産の購入を考えている場合は、さらに時間と労力を惜しまずじっくりと)

これらのポイントを押さえておく事が肝要だと思います。

総括(まとめ)
やはり、移住に際して重要なのは「住む場所」と「仕事」という生活の根幹に関わる上記の2点だと思います。逆をいえば、実際に住み始める前にこの2つの基盤をしっかりと確立してさえいれば、あとの要素は住み始めてからでも何とかなるものなんじゃないでしょうか。というか、それよりもっと重要なのは、沖縄特有の地理的・経済的な現状を充分に理解して、それに対応するだけの知識と経済力を確立し、充分な準備をもって取り掛かることだと思います。
一般的に(?)時々誤解されている節がある気がするので すが、沖縄は決して「一年中常夏」「ノンビリ・テーゲー・お気楽」「自給自足でスローライフ」な土地などではありません。憧れと現実をしっかりと天秤にかけて、充分すぎるくらいの情報収集と準備を行うことが成功への近道だと思います(当たり前ですね) この他にも、気付いたことや状況の変化などがありましたら、このコーナーでも随時取り上げて行きたいと思います。



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